前立腺ガン細胞の増殖と骨への転移を制御する遺伝子「GPRC5A」の発見

愛媛大学

 このたび、愛媛大学プロテオサイエンスセンター病態生理解析部門 今井祐記教授、大学院医学系研究科泌尿器科学講座 雑賀隆史教授、沢田雄一郎大学院生らの共同研究グループは、前立腺ガンの骨転移を制御する遺伝子である「GPRC5A」を同定し、GPRC5Aが前立腺ガン細胞の増殖と骨への転移を制御していることを明らかにしました。

前立腺ガンは世界的に頻度の高い疾患

 前立腺ガンは、本邦のみならず、世界的に非常に頻度の高い疾患です。早期診断、早期治療により高い確率で根治が見込めるガンですが、進行すると、リンパ節や内臓への転移のみならず骨への転移を高頻度で起こします。この場合、予後は悪く5年生存率が数%と言われており、骨への転移に伴う病的骨折や全身の痛みなどの苦痛を伴うことが大きな問題となっています。しかし、前立腺ガンに特異的な骨転移のメカニズムについての詳細な研究成果は、これまでのところほとんど報告されておらず、前立腺ガンに特異的な予防/治療法は確立されていません。

 これまで前立腺ガン細胞の遺伝子発現の極めて多くの情報が、アメリカ合衆国の国立生物工学情報センター「NCBI」の提供・維持管理している遺伝子発現情報のデータベースの「GEO(GeneExpressionOmnibus)」をはじめとした、各種のデータベースに登録されています。そこで、このようなビッグデータを解析することで得られた前立腺ガンの骨転移を制御する因子の詳細な解析を行いました。

発現に差のある遺伝子を抽出し検証

 まず、これまでマウスを用いた骨転移モデルにおいて、骨転移しやすい細胞株(生体から単離した細胞が、一定の性質を保ったまま、長期間にわたり安定的に増殖と培養できる状態になったもの。)と骨転移しにくい細胞株の遺伝子データをGEOから収集し、発現に差のある遺伝子を抽出しました。さらに、前立腺ガン患者サンプルから得られる前立腺ガン細胞遺伝子発現データからも、骨転移の有無で患者サンプルをグループ分けし、同様に発現に差のある遺伝子を抽出しました。

 上記のような細胞株と患者サンプルという異なるサンプルデータでのオーバーラップする遺伝子群を、骨転移に関連する遺伝子候補として抽出しました。その結果、骨転移に関連する候補因子として7つの遺伝子を同定し、そのなかで最も発現の変動が大きい遺伝子としてGPRC5Aを同定しました。

 次に、前立腺ガン細胞株においてGPRC5Aをゲノム編集技術によりノックアウト(KO)したところ、培養皿上及びマウス生体内ともにガン細胞の増殖が有意に抑制されました。GPRC5AをKOすることによる他の遺伝子発現の変動を「RNAシークエンス」という手法を用いて解析した結果、GPRC5AのKOにより細胞周期に関連する遺伝子の発現が有意な変動を呈し、細胞周期はG2/M期という細胞分裂をするフェーズで停滞していることが分かりました。また、GPRC5AKOによりCREBという転写因子のリン酸化が亢進していることが分かりました。

 これらの結果から、GPRC5Aは前立腺ガンにおいて、
①CREBのリン酸化を制御していること
②CREBのリン酸化の制御により細胞周期に関連する遺伝子の発現を制御し、細胞増殖に関わっていること
が分かりました。これらの現象はGPRC5AのKO細胞に対するGPRC5A過剰発現でいずれも救済されており、GPRC5A特異的に起きている現象であることも確認されています。

 また、GPRC5Aの発現が低い前立腺ガン細胞株に対するGPRC5A過剰発現においても、細胞増殖が有意に上昇しました。次に、マウスの骨に前立腺ガン細胞を接種する骨転移成立実験において、GPRC5AをKOした前立腺ガン細胞株は骨転移の成立が顕著に抑制されました。さらに、ヒト前立腺ガン生検組織(n=255)を用いた解析の結果、GPRC5Aの免疫染色性は、GleasonScoreという前立腺ガンの悪性度および骨転移の有無と有意な正の相関を示すことが分かりました。

 これらの結果から、GPRC5Aは前立腺ガンの細胞増殖および骨転移の成立に必須な分子であることが示唆されました。また、ビックデータ解析においてGPRC5Aの発現が高い前立腺ガンは発現が低い前立腺ガンに比べて優位に予後が悪いことも分かりました。

今回の研究により期待される今後の展開

 GPRC5Aが骨転移症例の前立腺ガン原発組織において高発現し、予後との相関も認められることから、骨転移の発生や予後の予測マーカーとして期待できる分子であると考えられます。この分子を利用した骨転移発生の予測の実用化に向けて特許を出願しています(特願2018-198404)。さらに、先に述べた骨転移に関連する他の6つの候補因子との関連を解析することで、より詳細な前立腺ガン特異的な骨転移のメカニズムの解明が期待されます。

 また、GPRC5Aはホルモン療法とは異なる経路での細胞増殖の抑制効果を認めることから、ホルモン療法に抵抗する前立腺ガンに対する治療標的ともなりうる可能性も秘めており、今後さらなる解析と創薬の基盤の構築を進めていく予定です。