自然の中で食事を楽しみ新しい風景を感じてみよう

熊沢義雄

[くまざわ・よしお]

医学博士(京都大学)。元北里大学教授。山梨大学大学院発酵生産学修了後、北里研究所、北里大学薬学部・理学部に40年間在職。順天堂大学医学部非常勤講師。専門は生体防御学(免疫学)。日本細菌学会名誉会員。現在は北里大学発のベンチャー企業の代表として奮闘中。

 昔の山仲間と〝アラ古希〟を記念して、南アルプスの北岳(標高3193㍍)に登りました。定年退職した頃は、「とても北岳登山は無理だな」と思っていましたが、少し自信を取り戻しました。

 昔、シャモニー(欧州最高峰の一つ・モンブランへの玄関口の街)からロープウエーに乗ったときのことです。降車後にできるだけ上まで行ってみると、氷河を渡る地点にたどりつきました。それ以上の高さを登る準備をしていなかったので、ロープウエー乗り場に戻り、山を眺めながら赤ワインを飲みました。28年前の夏の出来事です。

 イギリスのブライトンで国際免疫学会が開かれたとき、その後にアルプス山脈を眺めたくなりました。登山家で医師の今井通子さんが登ったスイスのアイガー(標高3970㍍)の北壁を眺めたいと思い、クライネ・シャイデックのホテルに2泊しました。アイガーの北壁を眺め、ユングフラウ(標高4158㍍)に夕日が沈むのを眺めながらビールを飲みました。至福のひとときでした。

 学生時代はワンダーフォーゲル部に所属し、山登りに励みました。100日間、山にこもった時期もありました。1年生のときには冬景色の石鎚山系(愛媛県)の全山縦走を試みました。吹雪がすごいので、鎖場の前で急遽テントを張りました。翌朝は快晴だったものの風が強く、リーダーは撤退を決断。日が暮れたときに里にたどりつきました。非常用にとってあったウイスキーの小瓶をホットウイスキーにして、みんなで飲みました。疲れきった体にしみ渡るウイスキーを味わいながら、私の心の中に「生きて戻れた」という実感が湧いていました。

南アルプスの北岳

 古希を過ぎると、若い頃には何でもなかったことが問題になります。例えば、山を降りること。年を取ると、下半身の筋肉量が減るだけでなく、ひざ関節の柔軟性も失われるので、登りよりも山を降りるのがつらくなるのです。北岳の大樺沢ルートを下ったときは、ひざへの負担が大きいはしご段の連続だったので、ほんとうにまいりました。体力が伴わない年配登山者の遭難が目立つようになったのは、若いときの登山のイメージと現在の体力にギャップがあるからなのでしょう。

 ゲーテの「旅人の夜の歌」という有名な詩をご存じでしょうか。「峰々に憩いがあり梢をわたる風も 小鳥の鳴き声もなく 森は静まっている待て しばし お前も憩うのだ」。自然と同化して渾然一体になりましょうという内容です。

 若い頃の登山は、がむしゃらに登り、腹いっぱい食事をするだけでした。花を見つけても、花が咲いていると思うだけだったのです。そんな私も、いまでは登山のさいに高山植物を観察するようになりました。北岳は日本有数の花の山。有名なキタダケソウやタカネマンテマの他、頂上には純白のタカネビランジが咲いています。

 外に出ると気持ちのいい季節がやってきました。登山にこだわらず、自然の中で料理を作り、食事やお酒を楽しんでみませんか? 若い頃には気づかなかった新しい風景が見えてくるかもしれません。