アルツハイマー病における脳のアミロイド蓄積を促進するメカニズムを解明

国立研究開発法人日本医療研究開発機構

 東京大学大学院医学系研究科の研究グループは、脳にAβの蓄積を生じるADモデルマウスを用い、高脂肪食により誘発されたインスリン抵抗性と、インスリンシグナルの鍵分子であるIRS-2の欠損に伴うインスリン抵抗性による影響を比較、解析しました。その結果、インスリンの作用低下そのものではなく、インスリン抵抗性発症の要因となる代謝ストレスが、Aβの脳内の除去速度を低下させ、結果として蓄積を促進することを示しました。また、食事制限により、脳のAβ蓄積は可逆的に抑制できることを明らかにしました。

研究の背景と先行研究における問題点

 アルツハイマー病(AD)は老年期の認知症として最も頻度の高い疾患であり、大脳の神経細胞が進行性に脱落する結果、症状を発症します。AD患者の脳では、認知機能が低下する10年以上前から、アミロイドβペプチド(Aβ)が凝集し、老人斑の蓄積が始まります。Aβレベルの上昇、蓄積の過程が、AD発症の発端となると考えられています。

 ADは複数の遺伝的、環境的要因を背景として発症しますが、近年の疫学的研究の結果から、2型糖尿病がAD発症のリスクを約2倍に高めることが明らかになりました。インスリン抵抗性は、骨格筋や肝臓を始めとする臓器のインスリンに対する作用不全が生じた状態であり、2型糖尿病の中心的な病態です。これまでに、インスリン抵抗性は脳の老人斑形成の程度と相関すことが報告されました。更に、AD患者の脳ではインスリンシグナルの低下が生じているとする報告もあります。これらの研究結果から、2型糖尿病とADをつなぐメカニズムとして、インスリンシグナルの障害が注目されてきました。一方でモデル動物を用いた研究では、インスリンシグナルを遺伝的に阻害すると、逆説的に脳のアミロイド蓄積が抑制されることが示されており、インスリンシグナルの変化とADのAβ病態形成との因果関係には未解明な点が多く残されていました。

モデルマウスを用いたAβ蓄積への影響の解析

 東京大学大学院医学系研究科の研究グループは、加齢とともに脳にAβがアミロイド斑として蓄積するADモデルマウスにおいて、高脂肪食の持続的な負荷、あるいはインスリンシグナル伝達に重要なIRS-2を欠損することによる遺伝的なインスリン抵抗性の誘発、更に両者を組み合わせ、Aβ蓄積への影響を解析しました。

 その結果、高脂肪食の負荷は末梢臓器の炎症性シグナルやストレスシグナルを増加させ、末梢や脳のインスリン抵抗性を引き起こすと同時に、脳ではAβの蓄積が増加しました。一方、IRS-2を欠損すると、糖尿病を発症するものの、Aβの蓄積は抑制されました。しかし、IRS-2欠損マウスに対して持続的に高脂肪食を負荷すると、糖尿病病態の悪化とともに、Aβの蓄積は再び増加しました。すなわち、食餌誘導性のインスリン抵抗性によってのみ、ADの病態は促進されることが分かりました。

 これらの結果は、インスリンシグナルの低下そのものではなく、インスリン抵抗性発症の要因となる代謝ストレスが、ADの病態促進に重要である可能性を示しています。また高脂肪食負により脳のAβが増加しても、その後の食事制限を行うことで、インスリン抵抗性が改善し、その改善の程度に応じて脳のAβ蓄積も可逆的に減少することを示しました。さらに本研究では、これまで詳細が明らかになっていなかった、インスリンやAβの脳内での動態を解明するため、脳の細胞間隙に存在するタンパク質を回収可能な微小透析法を用いた解析を行いました。これにより、高脂肪食の摂取による糖尿病状態では、血液中から脳へのインスリンの移行が低下することによって、脳でもインスリン抵抗性が生じる可能性を示しました。また同時に、糖尿病状態のモデルマウスの脳内では、Aβの除去速度が低下することで、アミロイド蓄積が増加する可能性を初めて明らかにしました。

本研究結果における社会的意義

 ADの発症メカニズムに基づく根本的な治療法は未だ確立されていません。近年、インスリン抵抗性がADの発症に関与するという知見に基づいて、糖尿病治療薬や、インスリン経鼻投与などの、インスリンシグナルの賦活化を標的としたADの予防・治療法が模索され始めています。

 本研究で我々は、ADのアミロイド病態とインスリン抵抗性との因果関係を、2種類のモデルを用いて解析することによって、代謝ストレスがAD病態形成に重要な影響を与えることを示しました。すなわち、末梢や脳における小胞体ストレスや慢性炎症を標的とすることによって、AD発症の原因であるAβ病態の形成を抑制できる可能性が示唆されました。今後は、より具体的な代謝ストレスの経路の特定と、介入法を解明することにより、新たなADの予防・治療戦略の創出に繋がると期待されます。