前立腺ガン診断の精度を高めることが可能な「PSAG-Index」を開発

がん研究所

 血清中の前立腺特異抗原(PSA)に付加されている糖鎖を独自に開発した質量分析技術を用いて詳細に解析した結果、前立腺肥大症などガンではない患者さんの血液中PSA上ではほとんど検出されず、前立腺ガン患者さん由来PSAにおいて特異的に付加頻度が増加する糖鎖構造群を発見しました(マルチシアリルLacdiNAc構造)。

PSA検査の精度を高めることが可能な新規診断法の研究

 前立腺ガンは特に北米などで発症頻度の高いガンですが、近年日本でも前立腺ガンの罹患数、死亡数が急速に増加しています。厚生労働省が2019年1月16日に発表した最新のガン統計よると、2016年の前立腺ガン罹患数は89,717人であり、男性の部位別罹患数で胃ガンに続く第2位となっています。また、今後も高齢化社会の進行に伴いさらに増加するとも予測されています。

 一方、前立腺ガンは多くの場合比較的ゆっくり進行することや、手術や内分泌(ホルモン)療法など確立された治療法も存在するため、早期に発見すれば良好な予後が期待できるガンです。

 実際、PSA検査の導入によって非常に早期の前立腺ガンまで検出が可能になりましたが、逆にガンではない方も多く陽性を示してしまうことが問題となっています。PSAは前立腺ガンだけではなく、前立腺肥大症、前立腺炎のような他の前立腺疾患においても過剰に産生されるため、PSA検査値4~10ng/mlの「グレーゾーン」と言われる領域で、80%程度が実際はガンではなかったという疫学データも報告されています。

 PSA検査が陽性となり、精密検査の受診を勧められた場合、経直腸前立腺触診や入院を必要とする前立腺針生検といった肉体的、精神的に苦痛を伴う検査を受診することとなり、ガンが見つからなかった場合は受診者側にも医療者側にも不要な負担がかかります。

 このような背景から、治療が必要な前立腺ガン患者さんをより正確に診断できる簡便な検査法が必要とされていました。そこで、研究チームはPSA検査の精度(ガン特異性)を飛躍的に高めることが可能な新規診断法を開発しようと試みました。

糖鎖質量分析法を用いた精密定量解析

 植田幸嗣プロジェクトリーダー(ガン研究会ガンプレシジョン医療研究センター)、野々村祝夫教授(大阪大学大学院医学系研究科)、及び竹内賢吾部長(ガン研究会病理部)らの研究チームは、前立腺から産生されるPSAタンパク質上の糖鎖構造が、前立腺細胞のガン化によって変化するのではないかと考え、株式会社島津製作所製の質量分析装置LCMS-8060と「エレクシム法」と呼ばれる独自の糖鎖質量分析法を用いた精密定量解析を実施しました。タンパク質は、機能を発揮するためにリン酸化などさまざまな修飾を受けますが、糖鎖もそのうちの1つであり、様々なタンパク質上の糖鎖構造が細胞のガン化によってダイナミックに変化することが報告されています。

マルチシアリルLacdiNAc構造の発見

 詳細な構造解析の結果、前立腺ガン患者さん由来PSA上ではシアル酸という酸性糖を多く含み、かつN-アセチルガラクトサミンとN-アセチルグルコサミンが連結したLacdiNAcという特殊な構造を有する糖鎖(マルチシアリルLacdiNAc構造)が有意に増加していることが明らかとなりました。この構造を持つ2種類の糖鎖構造の存在比率をスコア化する診断モデル(PSAG-Index)を構築したところ、PSA検査では全員陽性とされ、ガンと非ガン群を識別できなかった60例のうち、59例を正しく前立腺ガン群と良性疾患群に判定することができました。さらに、77症例の血清を用いてPSA上糖鎖構造が前立腺ガンの悪性度を反映しているかどうかも解析しました。

 上記マルチシアリルLacdiNAc構造は、前立腺生検による悪性度の指標であるグリーソンスコアと正の相関を示しました。

 この結果は、前立腺ガンの病理学的悪性度と特定の糖鎖の量が相関することを示しており、悪性度診断の補助的な指針、もしくは予後マーカーとなりうる可能性も期待できます。

研究結果から期待される今後の展開

 PSA検査のガン特異性を補完できる新たな糖鎖バイオマーカーを見出しました。「PSAG-Index検査」は、血清100マイクロリットルで実施可能なため、PSA検査の残渣血清を使用した二次検査としての実施も容易です。こうした血液検査での高特異度診断が実用化されれば、PSA検査偽陽性に伴う不要な侵襲性の高い精密検査を回避でき、被験者の方々自身が肉体的、精神的苦痛から解放されるだけではなく、医療費の大幅な抑制も期待できます。

 今後は受託臨床検査大手の株式会社LSIメディエンス社(三菱ケミカルホールディングスグループ)と共に体外診断としての臨床実用化を目指して参ります。