乳ガン幹細胞様細胞が、分裂を繰り返すごとに倍増する仕組みを明らかに

国立研究開発法人日本医療研究開発機構

 金沢大学ガン進展制御研究所/新学術創成研究機構の後藤典子教授、富永香菜研究協力員、東京大学医科学研究所先端医療研究センターの東條有伸教授、東京大学医学部附属病院の多田敬一郎准教授(研究当時)、田辺真彦講師、国立ガン研究センター研究所の岡本康司ガン分化制御解析分野長らの研究グループは、乳ガン幹細胞様細胞が、分裂を繰り返すごとに倍増する仕組みを明らかにしました。

ガン組織内のガン幹細胞様細胞

 ガン組織は、さまざまなガン細胞から構成されています。幹細胞に近い性質を持った「ガン幹細胞様の細胞」が親として存在し、分化段階の異なるガン組織内の全てのガン細胞を生み出すことが近年分かってきました。したがって、ガン幹細胞様細胞をなくすことが、ガンを根治させるために重要です。

 しかし、ガン幹細胞様細胞をなくす分子標的薬は未だ存在せず、有効な治療方法の開発が強く求められています。通常、ガン幹細胞様細胞が分裂して2つの細胞を生み出すとき、1つの細胞はガン幹細胞様細胞に、もう一方の細胞は分化したガン細胞になります。しかし、悪性のガンでは、分裂により生み出された2つの細胞が、いずれもガン幹細胞様細胞になり、ガン幹細胞様細胞が分裂するたびに倍増されることで、ガン幹細胞様細胞のみが増殖することが知られています。

乳がんの種類

 乳ガンは、今や日本女性の11人に1人が一生に一度は罹患する、女性に最も多いガンであり、罹患数・死亡数ともに年々増加傾向にあります。

 乳ガンは組織型によりいくつかのサブタイプに分類されます。エストロゲンもしくはプロゲステロンという女性ホルモン受容体を多く発現する「ルミナルタイプ」は、比較的予後が良いことが知られています。

 その他、HER2受容体が過剰発現する「HER2陽性タイプ」、2つの女性ホルモン受容体とHER2と呼ばれるのいずれもが陰性のトリプルネガティブタイプに分類されます。

 「トリプルネガティブタイプ」のガンは、良い分子標的薬などの治療薬が存在しないため、従来型抗ガン剤であるタキサン系の抗ガン剤が標準的に使用されています。しかし、再発が多く予後不良であることから、大きな問題になっています。

 近年の研究の進展により、ガン幹細胞様細胞が、ガン組織内の全てのガン細胞の親であることが分かってきました。そのため、ガン幹細胞様細胞をなくすことが、ガンを根治させるために非常に重要です。トリプルネガティブタイプの乳ガン患者では、従来型抗ガン剤で治療してもガン幹細胞様細胞が残ってしまうことが、再発の温床となり、予後不良の原因と考えられています。しかし、ガン幹細胞様細胞をなくす分子標的薬は未だ存在せず、有効な治療方法の開発が強く求められています。

ガン幹細胞様細胞の非対称性分裂と対称性分裂

 ガン幹細胞様細胞が分裂し、同時に分化して通常のガン細胞を生み出すことを繰り返すことで、ガン組織は作られていきます。ガン幹細胞様細胞は、1回分裂するごとに2つの娘細胞を生み出します。通常、1つはガン幹細胞様細胞になりますが、もう一方は分化したガン細胞となります。これを「非対称性分裂」と言います。しかし、悪性のガンでは、1回分裂するごとに娘細胞2つともが自己複製したガン幹細胞様細胞となって倍増する「対称性分裂」を繰り返すため、指数関数的にガン幹細胞様細胞が増え、ガン幹細胞様細胞のみが増殖することが知られており、これが悪性化の原因になっています。そのため、対称性分裂を阻害できる薬剤があれば、ガン幹細胞様細胞の倍増を阻止して、その増殖を抑制できると考えられますが、対称性分裂の仕組みが全く解明されてきていなかったことから、対称性分裂阻害剤の開発は不可能でした。

ガン幹細胞様細胞の対称性分裂の仕組みを解明

 本研究グループは、患者からいただいた乳ガン組織を培養し、培養条件を工夫することにより、ガン幹細胞様細胞の培養に成功しました。また、患者由来の乳ガン組織を免疫不全マウスに移植することにより、マウスの乳腺内でヒト乳ガンを再現するpatient-derivedxenograft モデルマウスを構築してきました。これらを用いた解析の中で、ガン幹細胞様細胞が周囲に存在するさまざまな細胞の影響(腫瘍微小環境)を強く受けて、そこに棲み着くことを見いだしてきました。腫瘍微小環境には、ガン幹細胞様細胞の子孫である通常のガン細胞も含まれます。

 今回、腫瘍微小環境に存在する通常のガン細胞が、セマフォリンという細胞外分子を産生、分泌することを見いだしました。そしてセマフォリンが、ガン幹細胞様細胞の細胞膜に存在する受容体ニューロピリンと呼ばれる、細胞膜に存在しセマフォリンと結合する受容体に結合することで、ガン幹細胞様細胞内でモノオキシゲナーゼ酵素活性を持つMICAL3という分子を刺激することを明らかにしました。

 元々、ニューロピリンやMICAL3の仲間のMICAL1は、神経の軸索に発現していることが知られており、セマフォリンがニューロピリンに結合してMICAL1を活性すると、神経の軸索が反発する「反発シグナル」として知られていました。本研究では、神経の反発シグナルとは全く異なるガン幹細胞様細胞の機能に、同じシグナルが使われていることを世界で初めて明らかにしました。MICAL3が活性化すると、分裂により生み出された2つの細胞をガン幹細胞様細胞化させ、ガン幹細胞様細胞が倍増し続けることを明らかにし、これまで全く不明であった、ガン幹細胞様細胞の対称性分裂の仕組みを解明しました。

本研究から期待される今後の展開

 本研究により、MICAL3 を介してガン幹細胞様細胞が、分裂ごとに倍増する仕組みを解明したことで、今後、MICAL3 の機能を阻害する分子標的薬の開発が進められることにつながると考えられます。これにより、ガン幹細細様細胞の倍増を阻止して、その増殖を抑制することが期待できます。