持続する悲観的な意思決定の源となる神経メカニズムを解明

 京都大学とアメリカ、マサチューセッツ工科大学の研究グループは、持続的で悲観的な価値判断を引き起こす脳部位を霊長類の尾状核( 大脳基底核の線条体の一部)で同定しました。

 本研究グループは、マカクザルに葛藤を伴う価値判断を必要する課題を行い、その尾状核に微小な電気で刺激し、局所神経回路の機能を調べました。

京都大学

マカクザルの脳活動の記録を素にした研究方法

 本研究グループは、報酬と罰が組み合わせれたとき、その組み合わせを受け入れるのか、拒否するのかの意思決定(接近回避葛藤の意思決定課題)を行っているマカクザルの脳活動を記録しながら、局所回路操作を行って、尾状核の局所回路の機能同定を行いました。報酬と同時に罰が与えられる場合、その報酬と罰の組み合わせを受け入れるか「接近」拒否するか「回避」という意思決定には、心理的な葛藤が生じます。これは「接近回避葛藤」と呼ばれます。この接近回避の意思決定は、不安や鬱といった、情動や気分と深い関係があります。

 例えば、不安を感じやすい人は、回避選択が多く、鬱の人は、接近選択が有意に少ないことが明らかになっています。

 さらにこの行動課題は、抗不安薬の高揚を定義化するための動物実験などに用いられており、とくにジアゼパムなどの抗不安薬は、接近選択を優位に増加させることも知られています。こうした葛藤を伴う意思決定のためには、報酬に対する利得と罰に対するコストを適切に統合することが必要です。そこで本研究グループは、神経経済学の手法によって、意思決定のパターンから、サルがどのように利得と罰を統合しているかを数理モデル化しました。

尾状核刺激による意思決定パターンの変化

 本研究では、意思決定のパターンのベースラインを刺激前の思考で記録したのち、尾状核の刺激を続ける刺激中ブロックでベースラインから意思決定のパターンがどのように変化するかを調べました。すると、尾状核の局所部位の12%は「ポジティブ」な神経回路で刺激により接近選択が増え、積極的コスト(この場合は罰)を受け入れる選択が増加しました。逆に27%の部位では、「ネガティブ」な回路で、刺激により回路選択が増え、悲観的な価値判断が増加しました。この「ポジティブ・ネガティブ」回路は、尾状核の中に分散して存在しました。

 数理モデルにより、この引き起こされた選択のパターンを解析すると、「ネガティブ」回路の刺激では、罰に対する過大評価が引き起こされていることが明らかになりました。この罰に対する過大評価は刺激を停止しても元に戻ることがなく、悲観的な状態が持続することが明らかになりました。さらに、刺激中の意思決定パターンをより詳しく調べたところ、回避選択の異常な繰り返しが統計的に有意に増加していることが明らかになりました。このことは、刺激が価値判断の変化だけではなく、意思決定の固執も引き起こしていることを意味します。

 最後に、この意思決定の固執が尾状核刺激に特徴的な現象であるかどうかを調べるために、これまでの前帯状回皮質刺激のデータと比較しました。すると、こうした意思決定の固執は尾状核刺激のみで見られることがわかりました。

本研究がもたらす意義とは

 本研究から、前帯状回皮質に加えて、尾状核の一部の異常な活動によっても罰の過大評価が引き起こされることがわかりました。この誘導された罰の過大評価は、普通の状態では気にならない、ちょっとした罰をとても気にするようになることから「心配事がずっと頭に浮かんでいる」慢性の不安状態に似た状態を引き起こしたとも捉えることができます。さらに尾状核の異常活動では、悲観的な意思決定の固執が引き起こされることがわかりました。これは前帯状回皮質の異常活動では引き起こされませんでした。この悲観的な意思決定の固執は、強迫性障害に似ているといえます。

 強迫性障害では、自分でも、つまらないことだとわかっていても、そのことが頭から離れない、わかっていながら何度も同じ確認をくりかえしてしまいます。尾状核の 刺激によって引き起こされる悲観状態は、皮質の操作をされていないために、自己モニタリングが、正常な状態で「自分でもわかっているのに」繰り返してしまう、という現象が引き起こされているのかもしれません。こうした、皮質と線条体の行動に対する影響度の違いが、不安障害のタイプ分けに相当する可能性があります。

本研究結果による今後の期待

 本研究は、霊長類に対し脳の回路操作法を導入し、不安障害やうつ病に深く関わる、葛藤を伴う意思決定のメカニズムを回路レベルで解き明かすことを目的としました。将来的にはこの一連の研究が、私達人間の不安障害やうつ病を操作、あるいは治療のための基盤となることを期待しています。