「遺伝性乳ガン卵巣ガン症候群」発症のメカニズムを解明

京都大学

 京都大学とアメリカ国立衛生研究所の研究チームは、遺伝性乳ガン卵巣ガン症候群の発症メカニズムを明らかにしました。放射線は染色体DNAを切断することによって、発ガンを促進するのに対して、エストロゲンは、細胞増殖促進作用によって発ガンを促進します。本研究では、ガン抑制遺伝子のひとつ、BRCA1欠損乳腺細胞を調べることで、エストロゲンがX線放射線と同様に、染色体切断作用があることを発見しました。

遺伝性乳ガン卵巣ガン症候群

 BRCA1が欠損するとエストロゲンは、増殖促進作用と染色体切断作用の相乗効果によって、乳腺細胞の癌化の確率が大きく増加します。BRCA1遺伝子の変異を持つ女性は、乳ガンや卵巣ガンが起こりやすいことが知られており、これを「遺伝性乳ガン卵巣ガン症候群」と呼ばれています。アメリカの女優、アンジェリーナ・ジョリーさんは39歳の時、「遺伝性乳ガン卵巣ガン症候群」の為に、健康な乳房と卵巣・卵管を切除しました。

 これまで、乳腺や卵巣が、他の臓器のガンよりも発ガンしやすいかは、不明でした。本研究グループは、BRCA1遺伝子をなくした乳ガン細胞とマウス乳腺において、女性ホルモンである、エストロゲンに対する反応を調べました。その結果、妊娠中の血中濃度のエストロゲンに曝露(ばくろ)された細胞の染色体DNAには、DNA切断がたくさん起こっていることを発見しました。

エストロゲンとBRCA1タンパクの関係性

 また、エストロゲンによる切断の作用機序や、BRCA1タンパクがどのような分子機構によって切断の蓄積を防止するかも解明しました。エストロゲンは従来、正常乳腺細胞や乳ガン細胞の増殖促進が知られていましたが、X放射線のように、染色体DNAを切断する作用は、知られていませんでした。すなわち、エストロゲンとX放射線は、全く違った作用機序で発ガンを促進すると考えられてきました。

 本研究結果は、BRCA1タンパクが機能しなくなると、エストロゲンが増殖刺激と染色体DNA切断の両方の機序によって、相乗的に乳ガンと卵巣ガンの発症を促進することを明らかにしました。

トイポメラーゼ2による染色体DNA切断と再結合

 本研究グループは、BRCA1遺伝子欠損乳ガン細胞を作成しました。その細胞に生理的濃度のエストロゲンに曝露したところ、たくさんの染色体DNA切断が蓄積することを見つけました。BRCA1遺伝子欠損マウスの乳腺でも同様の蓄積を見つけました。このDNA切断は、トイポメラーゼ2と呼ばれる2本鎖DNAの、一方または両方を切断して再結合する酵素が原因でした。トイポメラーゼ2は、染色体DNAの切断と再結合を繰り返し、絡んだ2本のDNAの絡みを解消します。このような絡みの解消は、エストロゲンが乳腺や卵巣において遺伝子をスイッチONするとき、高頻度で起こることが知られています。

 以前、本研究グループの研究で、トイポメラーゼ2は、触媒反応中に頻繁に再結合に失敗することを見つけました。再結合に失敗したトイポメラーゼ2は、切断端に共有結合したままになっています。

BRCA1タンパクによるトイポメラーゼ2除去反応の促進

 本研究の発見は、BRCA1タンパクが共有結合したままのトイポメラーゼ2を除去する反応を促進していることです。すなわち、BRCA1タンパクは、相同DNA組み換え経路によって、DNA切断を再結合するだけでなく、その経路とは別に、病的に切断された染色体DNAの速やかな再結合のステップで機能していることが解明できました。

 BRCA1遺伝子が欠損すると、この病的に切断された染色体DNAの速やかな再結合のステップの機能が低下するために、エストロゲンに曝露された乳腺や卵巣は、放射線被曝し続けた細胞のように染色体DNA切断を蓄積します。以上の研究成果から、BRCA1遺伝子が欠損すると、乳腺や卵巣に選択的に発ガンが増えるのは、これらの臓器のみエストロゲンが強い変異誘発物質としても作用するからだということが分かりました。

本研究結果からの今後の進展

 現在、遺伝子診断で問題になっている点は、BRCA1遺伝子のほとんどの変異を占める点変異について、各点変異が発ガン頻度を増加するか否かを正確に予測できないことです。不明であるが故に、健康な乳房と卵巣、卵管を切除すべきか否かを、点変異が見つかった女性については判断できません。

 本研究グループは、BRCA1タンパクが乳腺、卵巣特異的に発ガンを抑制する分子構造について解明できました。次の研究として、各変位がBRCA1タンパクの発ガン抑制機能を、どれくらい損ねるか否かを包括的に解析する研究を始めています。具体的には、各点変異がBRCA1タンパクの、病的に切断された染色体DNAの速やかな再結合に示した機能をどの程度低下させるかを正確に判定しようとしています。正確に判定できるようになれば、発症の確率や発症年齢のおおよその予測もかのうになるでしょう。発症が、50歳以降になりそうだという予測ができるようになれば、BRCA1遺伝子の変異が見つかった若い女性に対して、出産してから健康な乳房と卵巣、卵管を切除する手術を受けることを奨めることができるようになります。