セロトニンの活性化で将来獲得できる報酬を高める発見

沖縄科学技術大学院大学の研究グループは、マウスの脳内に神経電脱物質である「セロトニン」を放出する神経細胞の活動を活性化させることで「報酬となるエサを獲得できる可能性が高いが、いつ獲得できるか分からない」状況下で、報酬をより長く待つことが出来るようになることを発見しました。

 さらにいろいろな現象を、数式で表した数理モデルを用いたシミュレーションで、セロトニンを活性化させることで報酬を獲得できる確信度を高めるとすると、結果の確実さとタイミングの不確実さに対する影響を、統一的に説明できることを明らかにしたとのことです。

沖縄科学技術大学院大学

セロトニン活性化と認知行動療法との併用の可能性

 「いつ結果が得られるか分からないという、時間的不確実性のもとで報酬を目指す行動をセロトニンが促進する」という今回の研究による知見は、うつ病などの精神的な障害において、「認知行動療法」と合わせることで、回復の目処が予測不能な治療を続けるための辛抱強さを効果的に高め、患者が治療を途中脱落を防止することに貢献する可能性があるとのことです。

今回の研究経緯

 今回、沖縄科学技術大学院大学の研究グループは、「将来得られる報酬の確実さの予測に応じて辛抱強さの調節にセロトニンが関与している」と考え、「報酬の確率」を変化させた場合と、「獲得できるタイミング」の確実さを変化させた場合、報酬待機行動に対するセロトニン活性化がどのように変化するのかを詳細に調べ、以下のような結果を見出したとのことです。

 (1)セロトニン神経の活性化は、「75%の確率で獲得できる報酬」の待機時間を伸ばすことが出来るが、「50%〜25%の確率で獲得できる報酬」の待機時間は伸びない。

 (2)獲得できる時間が不確実になると、「75%の確率で獲得できる報酬」が、確実に予測可能な場合に比べ、待機行動に対するセロトニン活性化の効果が増加する。

 (3)数式で表した数理モデルを用いたシミューレーションの結果、「セロトニンの活性化が将来獲得できる報酬」の確信度を高めようとすると、報酬獲得の確実さとタイミングの不確実さの影響を再現することができる。

実験その1「セロトニンの待機促進効果は報酬の確率に依存する」

 実験箱内部の壁面に設置された小窓に鼻先を入れる、「ノーズポーク」という状態で、数秒間じっと待つことでエサが獲得できるよう、7匹のマウスに学習させました。

 もともとマウスにはノーズポークの習性がありますが、通常はすぐにやめてしまいます。

 今回は、一定時間ノーズポークを続けることでエサを獲得できるため、マウスはノーズポークを続けました。

 待ち時間を 3 秒とし「75%の確率で報酬を獲得できる課題」「25%の確率で報酬を獲得できる課題」のそれぞれ半数の試行で、セロトニン神経細胞を光で刺激しました。

 この時、事前合図はなく、待ち時間やエサの有無は待ってみないと分からない状態です。

 研究チームは、報酬が出ない試行に注目してマウスのノーズポーク時間の長さを計測しました。

 その結果、「75%の確率で報酬を獲得できる課題」では、セロトニンを活性化することでノーズポークの時間が約7秒から約8秒に伸びました。

 それに対して、「25%の確率で報酬を獲得できる課題」では、セロトニンを活性化してもしなくても、ノーズポークの時間は約6秒と変化がありませんでした。

 「50%の確率で報酬を獲得できる課題」でも、ノーズポークの時間に対するセロトニン効果は見られませんでした。

実験その2「報酬の時間的不確実性はセロトニンの待機促進効果を増大させる」

 次に、75%の確率で報酬が獲得できるが、いつ獲得できるかが分からない、時間的不確実性が大きい場合の報酬待機に対するセロトニンの効果を調べました。

 この実験では、「6秒後に必ずエサが出る課題」「2秒、6秒、10秒後のいずれかでエサが出る課題」のそれぞれの半数の試行で、セロトニン神経細胞を光で刺激し、報酬が出ない試行時のノーズポーク時間の長さを計測しました。

 その結果、「6秒後に必ずエサが出る課題」では、セロトニンの活性化は、約11秒から約12秒、ノーズポークの時間が伸びました。

 それに対して、「2秒、6秒、10秒後のいずれかでエサが出る課題」では、セロトニンの活性化は、約13秒〜約18秒ノーズポークの時間が伸びました。

実験その3「セロトニンの活性化は将来報酬の確信度を高めることで辛抱強さを促進する」

 沖縄科学技術大学院大学の研究グループは、マウスはいつ頃エサが出るという確率分布を学習しており、長く待ってもエサが出てこないと、今回はエサあり試行である確率(尤度)が低下する数理モデルを用いて、セロトニン神経の活性化はどのように報酬待機行動の促進を調節しているかのシミュレーションを行いました。

 この研究結果は、セロトニン神経の活性化で、なかなかエサが出てこないという現実よりも、「きっとエサが出てくるはずだ」という確信に基づいて判断を行うということ、つまりマウスはより楽観的になることで、より長く報酬を待つようになると考えられます。

今回の研究成果

 今回の研究の成果は、セロトニン神経の活性化だけでは、報酬を辛抱強く待つことを促進するのには十分ではなく、将来の報酬に対する主観的確信度が高いことが必要であるということを示唆しています。

 例として、脳全体のセロトニンの作用を高めることで、うつ病などの精神障害の治療に、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)という治療が広く使われています。

 しかし、SSRI治療だけで症状が落ち着いたという割合が約40%に留まっているのに対して、SSRI治療と組み合わせた「認知行動療法」などの心理的治療は、薬物治療のみよりも高い改善率を示しています

今後の展開

 今回の研究チームは、セロトニン神経のみの活性化だけでなく、高い将来の報酬確率が必要であることを明らかにしました。

 今回の発見により、SSRI治療と認知行動療法の併用効果が説明でき、認知行動療法の効果は緩やかで、いつ回復できるかを患者が予測することは困難だと思われます。

 「報酬の時間的不確実性に対するセロトニンの待機促進効果の知見」は、SSRI治療によるセロトニン活性化の増強が、いつ回復するか予測が出来ない治療を続けるための辛抱強さを効果的に高め、患者が治療途中で脱落するのを防ぐことに貢献できる可能性が考えられます。

 今回の論文著者の一人の宮崎勝彦博士は「今後、脳のどの領域にセロトニンが働くことで辛抱強さの促進に寄与しているのかを明らかにする予定です。

 背側縫線核は前脳に広く投射し神経終末でセロトニンを放出しています。

 ある特定の領域に投射するセロトニンが重要であることが解明されれば、特定の領域のセロトニンだけを増強する副作用の少ない薬の開発などに貢献できることが期待されます。」と語ったとのことです。