「人工関節をさけたい」と訴える患者さんの願いから、貧乏ゆすりを推奨!股関節に負担をかけない運動で軟骨は再生します

柳川リハビリテーション病院名誉院長 井上明生

医療現場での経験から得られたひらめきで「貧乏ゆすり」と「杖」の保存療法に至った

[いのうえ・あきお]

1935年、奈良県生まれ。1961年、大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部整形外科准教授、久留米大学医学部整形外科教授を歴任。2001年、柳川リハビリテーション病院院長に就任。2011年より現職。日本整形外科学会・日本股関節学会・西日本整形災害外科学会の名誉会員。著書に『「びんぼうゆすり」で変形性股関節症は治る!』(エイチアンドアイ)、『変形性股関節症は自分の骨で治そう!』(メディカ出版)など。

 15年ほど前までは、「貧乏ゆすり」が変形性股関節症の治療に有効であるとは夢にも思っていませんでした。ところが、現在では「貧乏ゆすり」は医療現場で「ジグリング」と呼ばれ、変形性股関節症の治療に採用されています。

 さらに20年ほど前までは、変形性股関節症の保存療法(手術に頼らない治療法)として、私も筋力トレーニング(以下、筋トレと略す)や水泳・水中歩行を患者さんにすすめていました。しかし、いまでは患者さんに保存療法として筋トレや水泳・水中歩行を行うことを禁止しています。患者さんに指導するのは「貧乏ゆすり」と「杖の使用」だけです。私の保存療法の方針が「貧乏ゆすり」と「杖の使用」に至るまでには、医療現場での経験から得られた「ひらめき」がありました。

 あるとき、股関節の手術の後で、股関節を支える大切な筋肉(外転筋)の付着している骨(大転子)がうまくくっつかずに癒合不全の状態になり、1年以上にわたって筋力が低下しつづけている患者さんがいました。その患者さんは「医療ミスだ」といい、こちらも「すみません」と謝ったのですが、驚いたのはレントゲン写真をあらためて見直したときでした。なんと変形性股関節症が劇的に改善していたのです。

 「外転筋の付着している大転子がうまくくっつかないほうが、むしろ変形性股関節症は改善する。だから、筋肉は鍛えるよりも、緩めるほうが大切なのではないか」とひらめいた瞬間でした。患者さんとのトラブルがなかったら、気づかなかったことかもしれません。

 この出来事がきっかけとなって、同じように術後に外転筋の付着している大転子が癒合不全の状態だった患者さんの経過を調べてみました。すると、90%以上の人に大幅な改善が見られていたのです。

貧乏ゆすりは股関節のすき間を広げ長期的に股関節症を改善させる可能性を秘めた治療法

人工股関節の手術件数は年々増加傾向にあり、2005年からの10年間で約1.8倍に増え、今後も増加が続くと予想されている
出典:「2016年版メディカルバイオニクス(人工臓器)市場の中期予測と参入企業の徹底分析」(矢野経済研究所)をもとに作成

 「そうか、変形性股関節症は股関節周辺の筋力を緩めたほうがよくなるのか!」――そう気づいた日は、喜びと感動のあまり、夜もほとんど眠れないほどでした。長い年月、変形性股関節症治療の常識として、世界中の整形外科医に信じられてきた「筋トレ」という治療法に対して、180度「発想の転換」があったのです。それまで一般的に行われてきた治療上の矛盾に対する解答が明快に現れました。

 貧乏ゆすりの発端になったのは、ソルター博士のCPMです(下の写真参照)。CPMが世に出るより以前は、関節内の損傷(関節軟骨の損傷など)の治療は、ギプスなどで固定して安静にしておくことが医学の常識でした。ソルター博士は、呼吸によって24時間小刻みに動きつづける胸郭の関節(肋骨の両端)に変形性関節症が起こらないことから、「関節を小刻みに動かしつづけると関節軟骨が再生するのではないか」と考えるに至りました。その疑問から一連の研究が始まり、CPMが生み出されたのです。それまでの常識を覆す「発想の転換」です。

 ただし、ソルター博士が開発したCPMは、高額で大きな装置のため、一般家庭向きではなく、患者さんが長期間にわたって使用するのは現実的ではありませんでした。私は「CPMと同様の効果が得られる摩擦運動はないか」と考えました。そこで思いついたのが、貧乏ゆすりだったのです。

ソルター博士によって考案されたCPM。患者さんが横たわった状態で関節を動かし、股関節やひざ関節の屈伸を行うリハビリ用の器具

 貧乏ゆすりは最初、キアリ手術という骨盤の骨を切って股関節の形状をよくする温存手術後のリハビリとして採用されていました。しかしその後、手術に頼らない保存療法にも貧乏ゆすりを採り入れたところ、変形性股関節症の改善例が続出したのです。貧乏ゆすりによる変形性股関節症の改善例は、病気の進行度や年齢、温存手術の有無を問わず、枚挙にいとまがありません。

 最近、変形性股関節症の患者さんを治療してきて感じるのは、「どうにかして人工関節をさけたい」とセカンドオピニオンを求めて受診される人が多くなっていることです。その背景には、多くの整形外科医が安易に人工関節に置き換える手術をすすめるという問題があると思われます。実際、股関節の人工関節置換術の件数は増加傾向にあり、年間5万件以上にも上ります。2005年からの10年間でおよそ1.8倍に増え、今後も増加が続くと予想されています(「人工股関節の手術件数の推移」のグラフ参照)。

貧乏ゆすり(ジグリング)のポイントは「爪先をつける」「ひざの角度に気をつける」「リラックスした状態で行う」の3つと語る井上名誉院長

 確かに、人工関節置換術は痛みを取るという点では極めて有効な手段であり、「20世紀、整形外科最高の手術」といわれるくらい、変形性股関節症で悩む患者さんに恩恵をもたらしました。しかし、問題は人工関節の適応が広がりすぎたことです。人工関節に置き換えた股関節は、二度と元の自分の股関節には戻せないことに留意する必要があります。

 私は医療にたずさわる者として「最高の医療は予防医学である」と考えています。その次に望ましいのが非侵襲的に自然治癒に導く医療。非侵襲とは、手術や薬剤で体を傷つけないという意味です。

 そして、その先に再生医療があります。一般的に行われる医療は、ほとんどが人体の自然治癒力を利用した再生医療です。最終的に「どうしても治せない」というときに、移植医療が考慮されます。

 私には「移植医療は医療の敗北」という医療に対する信念があります。すべての移植医療は臓器を元の状態に治すことができないから行われるのです。

 自分の骨を使って治せる初期の変形性股関節症患者さんや、十分に修復力がある若い患者さんにまで「手術後に短期間で痛みを改善できる」「入院期間が短くてすむ」といった理由でいとも簡単に人工関節の手術が行われていることに問題があるのです。本来ならば、人工関節に置き換えずにすんだ患者さんがおおぜいいたかもしれないと思うと、私は「何かいい方法はないのか」と考えずにはいられませんでした。

 貧乏ゆすりは、人工関節の早期導入を回避し、患者さんの治療の選択肢を広げる希望の光です。貧乏ゆすりによる変形性股関節症に対する改善効果は、想像をはるかに上回るものでした。貧乏ゆすりは、股関節のすき間を広げ、長期的に変形性股関節症の症状を改善させる、保存療法のかなめとなる可能性を秘めた治療法といえるでしょう。

ジグリング研究会の成果を世界へ発信し股関節症で苦しむ患者さんを救いたい

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 しかし、患者さんにとって最善な治療法であるはずの貧乏ゆすりという保存療法を積極的に治療に取り入れている医療機関は、現在のところ全国的に見ても決して多いとはいえません。そこで、貧乏ゆすりの学術的な検証をさらに進め、貧乏ゆすりという保存療法の普及を図るため、2016年3月に、貧乏ゆすりという治療法に理解を示す全国有数の著名な股関節専門の医師らとともに研究会を立ち上げました。

 ジグリング研究会として複数の施設でさまざまな角度から貧乏ゆすりの効用を検証し、少しでも患者さんの肉体的・精神的、そして経済的な負担を軽くできる保存療法を確立できればと心より願っています。また、このジグリング研究会の成果を日本から世界へ発信し、世界中の同じ疾患で苦しむ患者さんの治療に役立てることができれば、医師としてこれほど幸せなことはありません。