栄養素に「善玉・悪玉」はありません。〝バランス〟が健康な体を作るのです

大阪市立大学医学部名誉教授/京都府立医科大学特任教授
井上正康

コレステロールは体にとって必要な栄養素で「善玉・悪玉」の表現が誤解を招く

[いのうえ・まさやす]

1945年、広島県生まれ。1970年、岡山大学医学部卒業後、同大学大学院修了。医学博士。熊本大学医学部助手、米国アルバートアインシュタイン医科大学客員准教授、熊本大学医学部助教授、米国タフツ大学客員教授、大阪市立大学医学部教授などを歴任。2011年、大阪市立大学大学院医学研究科特任教授、名誉教授。宮城大学理事・副学長を経て、2013年に健康科学研究所を設立し、所長に就任。

 健康の維持や増進について語るとき、「バランスよくとる」という表現がよく使われます。今回は、私たちの健康を維持するために欠かせない栄養素である油(脂質)の話を中心に、健康とバランスの考え方について、わかりやすく解説したいと思います。

 減量を試みている人の中には、極端な油(脂質)抜きダイエットや糖質制限ダイエットを実践している人も多いと思います。摂取する栄養素を過度に制限する食事はとても危険です。

 逆に、特定の栄養素の過剰な摂取も問題です。例えば、多くの人が体にいいと考えているビタミン類。「とりすぎても尿や胆汁として排泄されるから大丈夫」と思っているかもしれませんが、栄養素の過剰な摂取は肝臓や腎臓に負担をかけてしまいます。過剰な栄養摂取を毎日続けることで、体に何らかの支障が現れかねません。最近は「不足しがちな栄養素は健康食品で補う」という考えが広まっていますが、何事もとりすぎはよくないのです。

 栄養をバランスよくとっていれば、健康の維持・増進を図ることができます。ところが、栄養素を「善玉・悪玉」で考えるようになってから、日本人の栄養バランスがくずれやすくなったと感じています。

 その一例がコレステロール(脂質の構成要素の1つ)です。かつては「コレステロールは敵」と、制限することを推奨する風潮がありましたが、最近では、善玉コレステロール(HDL)はもちろん、悪玉コレステロールと呼ばれてきたLDLの重要性も認知されるようになりました。

 善玉であれ悪玉であれ、コレステロールは私たちの体にとって必要な栄養素です。血液中に存在するコレステロールの大半は、脳の神経細胞や内臓、血管の細胞膜を健全に保つ役目を果たしています。さらにコレステロールは、健康長寿に重要な女性ホルモンや、消化・吸収を助ける胆汁酸、骨を強化するビタミンDなどを作るための材料にもなるのです。

 もちろん、コレステロールもとりすぎれば脂質異常症や動脈硬化(血管の老化)など、さまざまな弊害が現れます。あくまでも「バランスよくとる」ことが大切なのです。

脂肪酸も誤解を招きやすい栄養素で系列の異なる油をバランスよくとろう

 コレステロールと同じように、脂質の構成要素の1つである脂肪酸もバランスよくとることが重要です。

 専門的な話になりますが、脂肪酸は不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸の2つに分けられます。不飽和脂肪酸は常温で液体になる油で、植物油を構成する脂肪酸の大半が含まれます。動物性の脂肪酸でも、青魚に多く含まれるEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)は、常温でも液体の不飽和脂肪酸です。一方、飽和脂肪酸は常温で固体になるものが多く、動物性の脂に多く含まれています。植物性の油で代表的な飽和脂肪酸は、常温で固まるココナッツオイルです。

 常温で液体になる不飽和脂肪酸には、体内で作られない多価不飽和脂肪酸と、体内で作ることができる1価不飽和脂肪酸があります。また、不飽和脂肪酸は化学的構造の違いから、オメガ3系、オメガ6系、オメガ9系の3つに分類されます。

 かつてはオメガ3系の脂肪酸は善玉で、オメガ6系、特にアラキドン酸は悪玉といわれていました。コレステロールのみならず、脂肪酸の分野でも、善玉・悪玉の刷り込みによる誤解が多いと感じています。

 アラキドン酸はオメガ6系の油であるリノール酸が、γ‐リノレン酸、ジホモγ‐リノレン酸を経て作られる脂肪酸です。確かに、アラキドン酸を過剰に摂取すると、慢性的な炎症や自己免疫疾患、アレルギー性疾患、生活習慣病を招く動脈硬化や高血圧などを引き起こすといわれています。

 その一方で、アラキドン酸は血圧や炎症、免疫系の調節など、さまざまな働きをするプロスタグランジンという生理活性物質になります。また、アラキドン酸は妊娠後期の胎児や出生直後の乳児の健全な発育にも欠かせない脂肪酸です。

 このように、栄養素を善玉・悪玉に分けて考えると、結果として健康を害してしまうことになりかねません。特に脂質は悪玉的な扱いを受けやすい栄養素です。エネルギーを生み出すもとである脂質は、過剰に摂取すると肥満に直結してしまうことから、できるだけとらないほうがいいと思っている人が多いのです。

 脂質の働きはエネルギーを生み出すことだけではありません。「細胞の構造維持」や「情報の制御」にも役立っています。具体的には次のような働きをしています。

● 体を動かすエネルギーを作る
● 体脂肪としてエネルギーを保存する
● 全身に存在する細胞の細胞膜の材料になる
● 生理活性物質(プロスタグランジンなど)を作る材料になる
● ホルモン作る材料になる

 主な役割だけでもこれほどあるのですが、脂質の種類によって体内での働きが異なります。

 これまで述べてきた、アラキドン酸やリノール酸は、オメガ6系の不飽和脂肪酸です。かつてリノール酸はコレステロール値を下げる作用が注目され、生活習慣病の予防・改善のために積極的に摂取された時代がありました。その後、過剰な摂取によってさまざまな弊害の起こることがわかり、最近では、オメガ3系の脂肪酸とのバランスを保つことが重要と考えられています。オメガ6系と3系の割合の目安は4対1とされていますが、個人差があることはいうまでもありません。

γ‐リノレン酸は不足しやすい脂肪酸で意識してとれば脂質全体のバランスが保てる

バランスよくとろう!脂肪酸の種類

 アラキドン酸は肉や魚、卵など動物性の脂肪に多く含まれていますが、体内ではリノール酸から合成されます。また、リノール酸は、コーン油をはじめとする大半の植物油に多く含まれています。いずれも、体内で合成できないので、食品からとらなくてはならない必須脂肪酸です。

 オメガ3系の不飽和脂肪酸は、α‐リノレン酸やEPA、DHAなどの総称で、アマニ油や青魚類に多く含まれています。
 また、1価不飽和脂肪酸のオメガ9系は、不飽和脂肪酸の中で最も酸化しにくい油です。代表格のオレイン酸は、オリーブ油に多く含まれています。

 体内でリノール酸から合成されるγ‐リノレン酸は、リノール酸のほとんどがエネルギーとして使われてしまうため、不足しがちな不飽和脂肪酸です。アラキドン酸もリノール酸から合成されますが、動物性食品の脂肪から補うことができます。γ‐リノレン酸は、母乳や限られた地域の月見草の種子、一部の藻類だけに含まれている脂肪酸です。なじみのある食材としてコンブに微量含まれているものの、食事から十分な量を摂取することは難しいといえます。

 γ‐リノレン酸が不足すれば、プロスタグランジンの生成が衰えるため、血圧や血糖値、コレステロール値などに悪影響を及ぼします。γ‐リノレン酸も私たちの体に欠かせない油の1つです。腎臓病に関していえば、人工透析を受けている患者さんに起こりやすい皮膚のかゆみや関節の痛みへの効果も、研究によって明らかにされています。