偶然の発見から研究が進んだ世界一の技術〝塗る手袋〟に注目

薄い膜でアトピー肌のバリア機能を高める

フィルムスキンを塗布して5日後も強度を維持。荒れた手を想定し、コーティング剤としても使用されるヒドロキシプロピルセルロース(HPC)を添加しても強度を保ちつづけることがわかった

 四国の北東に位置する香川県は47都道府県で最も面積が狭く、讃岐うどんが特産品として知られています。瀬戸内海に面し雨量が少ない地域でありながら、平野の面積が広いため農業が盛んで、農作物・海産物に恵まれた県です。

 香川県の隠れた名産品が、日本一の生産量を誇る「手袋」です。その歴史は古く、明治時代から生産されていたといわれています。手袋は寒さや暑さから手を守ることはもちろん、すり傷や切り傷、さらに素手で触ることが危険な化学物質やウイルスから手を保護するために使われています。

 香川県産のユニークな手袋に〝塗る手袋〟があります。開発者である日本健康科学研究センターの岩倉泰一郎所長にお話を伺いました。

「私は長年にわたり、アトピー性皮膚炎(以下、アトピーと略す)の治療薬の研究をしてきました。いまでもアトピーの患者さんの診察をして、一人ひとりの症状や悩みに合った治療指導をしています。多くのアトピーの患者さんが悩まされる問題点の1つに、かきむしりによって生じる皮膚のかき傷があります」

 アトピーの患者さんは、かゆみのために絶えず皮膚をかくようになります。かきむしりによって皮膚が傷つくだけでなく、目のまわりをかきすぎると網膜剥離を起こしてしまうこともあります。かきむしりで傷ついた皮膚は角質層が破壊され、皮膚のバリア機能が低下しています。細菌やウイルスが皮膚から侵入することで、アトピー症状の悪化だけでなく、感染症を起こすこともあります。

「アトピーの患者さんの皮膚を、かきむしりから保護する方法がないかと考えて、研究を進めていました。そんなときに、ある研究員が実験を終えて放置していた溶液に薄い膜が張っていることに気づきました。

 その溶液と膜をくわしく調べてみると、皮膚に塗ることで耐水性被膜を形成し、皮膚刺激性もないことがわかったのです。この液体を手に塗れば、皮膚の表面に形成される膜によって皮膚を保護できるのではないかと考え、実用化に向けて研究を進めていきました」

 偶然の発見から進められた研究は、「フィルムスキン」という技術として完成に至ります。耐水性の薄い膜で皮膚を保護する〝塗る手袋〟の誕生です。

「私が開発したフィルムスキンは、構成された液体を皮膚に塗るだけで、30㍈(1㍈は1000分の1㍉)という薄い膜を形成することができます。皮膚を保護するための軟膏やクリームはありますが、水やお湯で流れて効果が減弱してしまうという問題点があったのです。フィルムスキンは高い耐水性と強度、密着性があるため、1日1回塗るだけで持続的に皮膚を保護することができます」

塗る手袋は水仕事による手荒れも予防・改善

 薄い耐水性被膜によって皮膚を保護するフィルムスキンには、高い保湿性もあるそうです。岩倉所長によると、既存の治療薬との相乗効果も期待できるといいます。

「フィルムスキンの技術は、現在のアトピー治療で一般的に使われているステロイド剤にも優れた効果を発揮します。ステロイド剤のほか、アトピー用の抗炎症や保湿を目的とした軟膏やクリームを塗った上からフィルムスキンを塗ると、有効成分が膜の中に閉じ込められて保護されます。水やお湯を使っても流れることなく保持されるのです。少ない量の薬でも長時間、効果が持続することが期待できます」

 塗るだけで皮膚を守ることができるため、アトピーの患者さんだけでなく、手荒れに悩む人にとっても効果的です。特に、水を使う仕事をしている人からも注目されているそうです。

「例えば、美容師の方はシャンプーや毛染め剤などを使用するさいにお湯を使うことが多いので、手荒れ用の軟膏やクリームを塗ってもすぐに流れてしまいます。慢性的な手荒れに悩んでいる人が多いようです。水やお湯を使う機会が多いと、皮膚がもともと持っている保湿成分が流失しやすくなります。シャンプーや毛染め剤の刺激で荒れた皮膚の中に水分を保持する力、つまり保湿力も弱いので、水分が蒸発するときに皮膚の水分もいっしょに蒸発してしまいます。フィルムスキンは高い皮膚の保護と保湿機能によって、手荒れの予防・改善ができるのです」

 フィルムスキンの技術を応用すると、アトピーや手荒れだけではなく、健康に関するさまざまな効果が期待できるそうです。

「いま、開発を進めているのが、床ずれ予防、水虫治療、虫よけ、制汗、日焼け止めなどです。有効成分を長時間持続させるフィルムスキンの技術は、さまざまなことに応用できるのです。特に虫よけは、皮膚に膜を張ると蚊が刺せなくなることが実験でわかっています」

 手袋の名産地・香川県から生まれたオンリーワンの技術には、果てしない可能性が広がっているのです。