がん体験から得た〝気づき〟を歌・講演・雑誌で伝えるミスター・メッセンジャー
「生きているだけで価値がある」

シンガーソングライター、『メッセンジャー』編集長
杉浦貴之さん

「生きているだけでいい」母からいわれた言葉で僕は救われ、いまも原点になっています

杉浦さんはみずから創刊した雑誌『メッセンジャー』で、がんを克服した多くの体験者さんのメッセージを伝えている

 腎臓がんと診断されたのは、28歳のときです。両親には「余命半年。2年後の生存率は0%」と伝えられました。
 
 なぜ自分ががんに。しかも、なぜ20代のいまなんだ――。そんな絶望のどん底から18年。左腎臓の摘出手術後、化学療法を2クール受けた僕は、多くの人との出会いを通じて考え方や生き方が変わっていきました。

 その後、紆余曲折を経ながら、現在はがん体験を伝える講演を年間100回以上も行っています。自分で取材、執筆、発行をしている雑誌『メッセンジャー』では、がんを克服された250人以上の方々にインタビューをしています。

 がんになるまでの僕は、とにかくまじめでした。幼いころから、「自分さえいい子にしていれば、親が喜んでくれる」と思い込んでいました。社会人になっても、常に人の顔色を伺いながら生きていた僕は、「いまの自分じゃダメだ。もっと上をめざさなくてはいけない」と、満たされない気持ちを抱えながら体を酷使していました。休日も出社し、仕事が終わらなければ家に持ち帰る。「いい人と思われたい」と、自分をとことん追い込み、「もっとがんばらなきゃ」と、無理と我慢を重ねていたのです。

 がんとわかって大きなショックを受ける一方で、ほっとしている自分もいました。「これでやっと休める。抜けられる」と、安堵したことを覚えています。

 それでもがんは怖いです。自分は死に向かっていると、どんどん悲観的になっていきました。そんなときに母親から、「生きているだけでいいから」といわれたことが大きな転機になりました。

 生きていることが幸せ――。いい子でなくても、がんばりすぎなくてもいいことに気づいた僕は心が満たされて、救われた気持ちになりました。それは初めて、自分を許すことができた瞬間でもありました。

[すぎうら・たかゆき]

1971年、愛知県生まれ。28歳のときに腎臓がん(難治性の未分化原始神経外胚葉性腫瘍)を発症。両親には余命半年、2年後の生存率0%と告げられる。絶望の中、さまざまな出会いから「がんを絶対に治す」と決意。「がんは体からのメッセージであり、ほんとうの自分らしい生き方を示してくれる道しるべ」ととらえ、命のマガジン『メッセンジャー』を創刊。歌や講演活動など、精力的な活動を行っている。
http://www.taka-messenger.com/

 現実には絶望的なことばかりでしたが、僕は生きるための光を見いだしました。僕はまず、がんを克服した人の体験記をたくさん読みました。本を書かれたご本人たちにも会いました。実際にお会いすると、「僕も治るかもしれない。いや、ほんとうに治るんだ」という実感がわいてきました。「もう生きられない」と思っていた負のエネルギーが、どんどん変わっていったんです。

 病院に研修に来ていたある看護学生さんに「杉浦さんの夢は何ですか?」と聞かれたことも大きな転機になりました。そのときは、「がん患者の僕に聞く質問ですか」と、怒りすらこみ上げましたが、思い直したんです。がん患者だから夢が叶えられない、持ってはいけないなんて、あまりに自分がかわいそうです。僕は自分自身に「何がしたい?」と問いかけてみました。答えは、以前走ったことがある、ハワイのホノルルマラソンへの挑戦でした。

 以後、病気を治すという目標は、人生の通過点になりました。僕は病気を治すために生まれてきたわけじゃないし、生きているわけでもない。僕はマラソンを完走した後の喜びをイメージするようにしました。

 それでも、気持ちは前向きになったり引き戻されたり……。体調が回復してくると、ついがんばってしまい、体調はなかなか戻りませんでした。「生きているだけで価値がある」という気づきをきちんと受け止めるまで5回の腸閉塞を経験しました。

 ホノルルマラソンで完走を果たした僕は、自分の気持ちを歌にして届けるようになりました。メッセージに込めているのは、「過去の自分を責めるのではなく、OKを出すこと」です。人間は誰だって心が揺れ動きます。そんなときは「生きているだけで価値がある」という自分の原点に戻るようにしています。

 現在は、がん患者さんのチームを作り、ホノルルマラソンのツアーを開催しています。ほとんどの参加者さんが、僕の講演に参加したり、『メッセンジャー』や僕の本を読んだりして、生きるスイッチが入った方です。

 僕はがんを克服した成功者でも勝利者でもありません。治すことだけに価値があるわけでもないと思います。自分がほんとうにやりたいことを実感できるまで、みんなで楽しみながら見つけていければと思っています。

杉浦貴之さんをよく知る精神科医・宮島医師が語る「がんに向き合うヒント」

「病気が自分に何を伝えようとしているか」に気づけるかどうかが大切です

YSこころのクリニック院長
宮島賢也

[みやじま・けんや]

1973年、神奈川県生まれ。防衛医科大学校卒業。みずからのうつ病を食生活や生き方直しで克服した経験をもとに〝薬を使わない精神科医〝として活躍。2017年より、9割を超えるうつ病の寛解率が話題のYSメソッドの普及にあたる。近著は『薬を使わず自分のうつを治した精神科医の うつが消える食事』(アスコム)。

 がんが寛解される方に共通しているのは素直さだと思います。がんだけでなく、うつ病など慢性的な疾患全般にいえることですが、極端な我の強さ、悲観的・否定的な考えを持つと、患者さん自身が病気から離れられなくなってしまうのです。杉浦さんのように、体調がよくなった後のことを考え、がんを克服されたケースもあります。私が普及に努めている自然療法「YSメソッド」には、その進化版ともいえる「未来の先取り」という方法論があります。

「未来の先取り」とは、病気を治すことを目的とせず、病気が治った健康な自分という未来の事実を受け入れてしまうことです。健康な未来を受け入れたとたんに、いまの状況が健康に向かって進みはじめます。

 病気が迫ってきたとき、多くの方はさける方法を考えがちです。大切なのは、病気からのメッセージに気づけるかどうかです。気づくためには、自分の奥にある深い愛を発見する必要があります。病気である自分を責めていた方が、もともと満たされていたほんとうの自分と出会うと、これまで感じたことのないような深い感謝と喜びに包まれるようになります。

生き方に関する講演会やイベントでいっしょになることが多いという杉浦さんと宮島医師

 
不安や怒り、恨みを抱えながら過ごし、結果としてがんになってしまったとしても、ほんとうの自分と出会う好機に変えられます。杉浦さんは、ほんとうの自分を取り戻すことの大切さを示してくれていると思います。